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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2023-04-17 2023年 5月 2週次 365qt 133
2023年5月GBS2課
サムエル記第一26:17〜25
してもらいたいことをしなさい

『三国志』に登場する蜀の軍師である諸葛亮は南蛮地域の反乱を鎮圧し、反旗を翻してきた孟獲を心服させるため彼を7回捕らえ、7回逃してやりました。これは諸葛亮が孟獲を捕えることができる力があるということを見せつつも、彼を受け入れようとする心を見せたというお話です。これはサウルとダビデとの間で起きたことと似ています。ダビデは自分を殺そうとするサウルの命を2回、それもサウルの命を完全に断つことのできる決定的瞬間でさえも見逃し、彼のこころが変わることを願ったのです。ダビデかサウルの命を生かすため交わした会話の内容を見て、聖徒は内的葛藤が起きたとき、どのような態度をとることが神様のみこころなのかを考えてみましょう。

1.ダビデはサウルの部下アブネルに何と言いましたか。ダビデの声を聞いたサウルの反応はどうでしたか(15〜17節)。
−ダビデは先にアブネルの元へ行き、自分の部下が持ってきたサウル王の枕もとにあった槍と水差しを見せながら、「なぜ、自分の主君である王をしっかりと護衛していなかったのか。」と責め、自分がサウルの命を奪わなかったことをわざと知らせます(15〜16節)。サウルはダビデの声と気づくと「お前の声か。」と聞き、ダビデは「そうです。私です。」と答えます(17節)。ダビデを長い間追い続け、殺そうとしたサウルに、ダビデは真実な心を伝えるために危険を顧みず、声が聞こえる距離まで近づき、心の内を伝えようとしました。

2. サウルがダビデを追ってきた理由は何ですか。
−サウルは民たちがダビデのことをさらに慕うようになったのを見て、自分の王位が脅かされると思いました(18:8)。彼は激しく怒り、不機嫌になっただけでなく、ダビデを恐れる心まで持つようになりました(18:29)。そしてダビデを人生の最大の敵としたのです。しかしサウルがダビデを憎んでいるのにも関わらず、彼の娘はダビデと結婚し、息子は依然としてダビデのことをとても慕っていました(19:1)。これはサウルの家族でさえも、ダビデを憎む彼の気持ちに共感できないくらい、サウルが偏見を持って、何も間違ったことをしていないダビデを殺そうとしていたということがわかります。

3.ダビデはエン・ゲディの荒野で、命を取ることができたのにもかかわらず、サウルの上着の裾だけを切り、手をくださなかったことがありました(Ⅰサムエル24:11)。そんなダビデがジフの荒野でサウルに何を訴えましたか。サウルはその訴えに何と答えましたか(20〜21節)。
—ダビデは王の前では一匹の蚤にすぎない、どうか命を取らないでほしいと謙遜な態度で懇願します(20節)。サウルはダビデの言葉に納得し、むしろ自分が間違っていたと告白します(21節)。

4.サウルがダビデの言葉に納得できた理由は何でしょうか。自分の考えを自由に分かち合ってみましょう(24〜25節、参照/マタ7:12)。
-ダビデはサウルを殺せるチャンスがありましたが、むしろ2回も彼を逃しました。ダビデは神様の前で、自分がサウル王の命を大切にしているということを行動で示しました。そして自分がサウルにしたとおりに、神様が報いてくださり、自分の命を救い出してくださるように懇願します(24節)。サウルは、ダビデが真理に従い、正しい道にそって行動していることを悟り、彼を追うことをやめます(25節)。「人からしてもらいたいと思うことは何でも、同じように先に人にしなさい。」という真理は、律法と預言者が啓示によって宣言されてきたことであると、イエス様もおっしゃいました(マタイ7:12)。イエス様は、神様と敵対していた私たちが、神様と和解させるために、私たちを先に愛してくださり、十字架にかかってくださいました。そしてイエス様が先に示してくださったように私たちも神様を愛し、隣人を愛するようにとおっしゃいました。

5.人との葛藤を解決する方法は、善を行い、真実な心をはっきりと相手に示すことです。自分と感情的葛藤がある相手に真実な心で近づき、心の扉を開けようと行動をしたことがありますか。


6.私たちが自分の力に頼って人を愛するには限界があります。ただ十字架の愛によって、私の周りの人々を愛するために、私に必要な決断は何か考え、分かち合いましょう。

長い間葛藤のあった人ともう一度、和解することは、聖徒たちにも簡単なことではありません。しかしイエス様は「祭壇の上にささげ物を献げようとしているときに、兄弟が自分を恨んでいることを思い出したなら、ささげ物はそこに、祭壇の前に置き、行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから戻って、そのささげ物を献げなさい。」と言われました。ですから私たちは人々に真実な心で近づき、葛藤を解決することを諦めてはいけないのです。ダビデのように自分を殺そうとする人であっても全てを神様に委ねて、ただ「自分がしてもらいたいことを人にする」という黄金律の法則を覚えておかなければいけません。私の力ではなく、主がくださる力によって、相手に愛を持って近づくことのできる信仰の子どもになれるよう祈ります。

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