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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2023-04-17 2023年 5月 1週次 365qt 119
2023年5月号GBS1課
サムエル記第一25:18〜31
神様のみこころを見分けよう

ゴードンスミスは「神のみこころを見分けられる人になりたければ、怒りをコントロールする霊的習慣を身につけなければいけない。」と言っています。怒りをコントロールできなければ、神様のみこころを見分けることができないとスミスが言った理由は、怒りの感情が心にあると、聖霊の導きに従って行動するのではなく、自分の感情に流されやすいからです。天下のダビデも怒りに駆られ、神様のみこころを見分けることができず失敗しました。その時アビガイルの知恵のある行動によってダビデは怒りを収めることができました。このことを通して私たちは神様に洞察力をくださるよう求めなくてはいけません。アビガイルの行動を通して得ることのできる教訓は何か、ともに見ていきましょう。

1. アビガイルはダビデを出迎えるとき何を準備しましたか(18〜20節)。
−アビガイルはダビデが軍隊を引き連れて、自分の家にやって来るという知らせを聞いて、急いでパン二百個、ぶどう酒の皮袋二つ、羊五匹を捕まえ、料理しました。それから炒り麦五セア、干しぶどう百房、干しいちじく二百個を取って、これをろばに載せました。それからダビデに会いに、自らろばに乗り、山陰を下っていきました。

2. ダビデはナバルの家に来た理由と、目的は何だと言いましたか。怒りに満ちたダビデに対してアビガイルはどんな態度をとりましたか(21〜23節)。
−ダビデは「荒野でナバルのものを全て守ってやったので、彼の財産は何一つ失われなかったが、彼は善に代えて悪を返した。」と言いました。「彼を属する者のうち小童一人でも残しておくなら、神がこのダビデを幾重にも罰せられるように。」と言います。
−アビガイルはダビデを見ると、急いでろばから降り、ダビデの前で顔を伏せました。

3.アビガイルはダビデの前で完全にひれ伏しました。この姿は何を意味するでしょうか。彼女はダビデに夫ナバルをどのように紹介しましたか(24〜25節)。
−アビガイルがダビデに会ったとき、急いでろばから降りて、完全に地にひれ伏す姿は完全なる従順と献身を意味します。これは主に、家来が王の前に会ったときや、人が神の御使いに会ったときのあいさつの仕方です。このようにアビガイルはダビデの前で完全服従の姿を見せ、「どうか、このはしためが、じかに申し上げることをお許しください。」と言います。
−アビガイルはダビデの前で完全にひれ伏し、「ご主人様、あの責めは私にあります。このはしための言葉をお聞きください。」と言います。そして、自分の夫を「あのよこしまな者」と呼び、「ナバルという名前の通り「愚か者」なので、ナバルのことなど気にかけないでください。」と言います。

4.アビガイルは怒りに満ちたダビデをどのように説得しましたか(26〜28節)。ダビデを説得しようとした彼女の言葉の中で「神様はダビデのために確かな家を建て、ともに戦ってくださる。」という約束の意味は何でしょうか(参照/Ⅱサム7:9)。
−アビガイルはダビデの前でひれ伏し、生きておられる神様に誓って、「ダビデが血を流し、直接ダビデが手で復讐することを主は止められた。」と言います。そして、ダビデのために準備した贈り物を差し上げます。彼女は神様がダビデのために確かな家をお建てになるということ、そしてダビデが今サウルと敵対関係にあるのも神の摂理であり、それでも必ず神様がダビデのいのちをいのちの袋に入れて守ってくださり、イスラエルの指導者として立ててくださるのだと言われました。神様が守ってくださるのでナバルを殺してしまうと、ダビデがイスラエルの君主に任じられたとき、理由もなく血を流したり、ご主人様自身で復讐したりされたことが、つまずきとなり、ご主人様の心の妨げとならないようにと、全てダビデのための言葉だと主張します。そして最後には「このはしためを思い出してください。」と言います。
−アビガイルがダビデを説得しようと言った言葉の中で、ダビデのために確かな家を建てるという言葉はとても重要な意味を含んでいます。なぜならば彼女の言葉はⅡサムエル7章に預言者ナタンがダビデに告げた神様の約束とほぼ同じ内容だからです。ダビデのために家を建てるというみことばをアビガイルが預言者ナタンよりも先に言及したのです。そして神様がダビデとともに戦ってくださるという約束は、後に預言者ナタンの口を通して、成就されたことがわかります(参照Ⅱサムエル7:9)。彼女は神様がダビデをイスラエルの王として立てることを確信して、神様のみことばを伝える預言者のように、ダビデが今置かれている状況を神様のみこころに従って解決してほしいと願っているのです。
5.アビガイルの知恵のある言葉には神様のみこころが込められていました。これを通してダビデは神様のみこころをしっかりと悟ることのできるきっかけとなったのです。自分の姿を振り返ってみましょう。神様のみこころを見分けるために、知恵を求め、努力する者となっているでしょうか。
6.霊的に神様のみこころを見分けることのできる知恵を持ち、神様のみこころを通りに生きるためにどんな努力ができるか考え、ともに分かち合いましょう。


アビガイルは怒りに満ちたダビデに、神様のみこころは何なのか、伝えました。それにより、ダビデの怒りをコントロールすることができたことは神様のみこころでした。私たちが信仰生活を送る中で神様のみこころを見分けるためには、自分の感情に振り回されず、神様のみこころに目を向ける人にならなくてはいけません。神様のみこころをしっかりと悟るものは、自分だけでなく相手をも正しい道に導くことができます。そしてこのことを通して神の導きが何かを知ることができるのです。ですから知恵のあるものとして、この世で生きていくためには、どんなときも神様のみこころを見分ける努力をしなくてはいけません。神様のみこころを見分けるために努力するものだけが、私たちを神の国の聖なる民として立てられていき、主に用いられるものとなるのです。


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