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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2023-04-17 2023年 4月 1週次 365qt 129
2023年4月号GBS1課 

サムエル記第一16:1〜13
人のうわべを見ず、心を見よ

オックスフォード英語辞典に「looks」(外見、容姿)に、「主義」を意味する「ism」を合わせたルッキズム(Lookism)という言葉があります。 ルッキズム(lookism)とは、外見で人の優劣や、人生の勝ち負けを決める外見至上主義のことを意味します。外見至上主義の問題点は、人の能力よりも、外見を重視して判断するため、恋愛、結婚などの私生活においてはもちろんのこと、就職、昇進など、社会生活においても影響を与えているということです。優れた容姿が求められる社会の風潮は今に始まったことではありません。今日の本文でイスラエルの王を選ぶときに、外見をどれだけ重視していたかがわかる事件が出てきます。この出来事を詳しく見ていき、どのような判断基準を持って生きて来たか振り返って考えてみましょう。


1. 神様がサムエルにあらわれて、言われたみことばは何ですか。サムエルは神様のみことばにどのように反応しましたか(1〜2a節)。

–神様はサムエルに、「サウルを王位から退けたので、いつまでも悲しんではいけない。」と言われ、「ベツレヘム人エッサイの息子の中から一人を選び、王にしよう。角に油を満たし、ベツレヘムへ行け。」と命令されました。
−サムエルは神様の命令に、「このことをサウルが聞いたら、自分を殺すかもしれない。」と恐れながら答えた。

2. 神様は、みことばに従うことができず、ためらっているサムエルをどのように説得されたでしょうか。その後サムエルはどのような態度を示しますか(2b〜4節)。
−神様は、みことばに従うことができず、ためらっているサムエルに「一頭の雌の子牛を手にして『主にいけにえを捧げるためにきました。』と言い、エッサイを祝宴に招け。」と言われました。そして「私が言う人に油を注げ。」と言われました。
−サムエルは神様のみことばに従い、ベツレヘムに向かいました。

3. 神様はエリアブに油を注ごうとしたサムエルに何と言われましたか(6〜7節)。神様は人のうわべではなく、心を見られる理由は何ですか。
—神様はエリアブに油を注ごうとしたサムエルを遮り、「彼の容貌や背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。」と言われました。
−「うわべ」はヘブル語の原文では「目」(eye)と表記されています。これは顔に焦点を当てる人の性質を比喩的に表現しています。しかし神様は心を見ます。人々は自分の目に見えるものだけで、人を判断しますが、神様は人の思いや考えを知っておられるので、心を見て判断されるのです。

4. 神様はサムエルにエッサイの息子の中で誰に油を注ぐように言われましたか。彼の姿はどうでしたか。油を注ぐと、どのようなことが起きましたか(11〜13節)。神様は祝宴に呼ばれず、羊の番をしていた末の子ダビデを選びましたが、どうしてでしょうか(参照/Ⅰコリ1:28〜29)。

—羊の番をしていた末の子ダビデに、油を注ぐよう言われました。
—ダビデは血色がよく、目が美しく、姿も立派でした。
—サムエルが油を注ぐとき、主の霊がダビデの上に激しく下りました。
—神様は一番若くて小さいダビデを選びました。旧約ではいつも長子よりも次子、大きい者よりも小さい者を選ばれる神様の原理を見ることができますが、これは人間の弱さを通して、神様の強さをあらわそうとされる神様の摂理です。この世は強い者を優先し、優遇しますが、神様は弱い者に目を留め、彼らを通して働かれるということを私たちに教えてくださるためなのです。パウロはそれをこのように説明しました。「有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。」(参照 Ⅰコリント1:28〜29)。

5.神の民は人の外見ではなく、心を見ることができなければいけません。あなたは人の心を見られる神様の視点ではなく、外見で判断し、価値を決めるこの世の価値観に染まってはいませんか。

6.外見を重視するこの世の風潮の中で、神様のみことばによって聖別され、人の心を見ることのできる人生を歩むためにどんな努力が必要か考え、ともに分かち合ってみましょう。


삶의 열매를 거두며
神様はイスラエルの王としてダビデを選ばれました。神様がダビデを選んだ基準は、この世の基準とは違いました。ダビデはサムエルが準備した祝宴に呼ばれない人物でした。これは、人に選ばれない者だったということを意味しています。しかし、神様は彼の心を見、イスラエルの王としてダビデを選びました。彼を選んだ理由はただ神様から見てふさわしい人であり、彼の心が神様に向いていたからでした。神様は外見や能力を重視して王を選ぶことをしませんでした。神様にとっては、ただ神の目から見てふさわしい者かどうかが重要なのです。この世の価値観である外見や能力ではなく、内面の心を見られる神様に倣い、私たちも人の人格や心を見ることのできる神の子どもとなりましょう。


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