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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2022-11-30 2023年 1月 2週次 365qt 143
GBS 2課 ガラテヤ人への手紙1:6~12
人を本当の意味で喜ばせるには


イソップ寓話で盗みをした息子を叱らないで誉めた母親の話があります。母親は子どもが盗みをしても「本当にいい物を持って来た」と言って誉めていました。これを聞いて、子どもはこの行動は良い事なのだと思い、盗みを続けました。最終的にその子どもは人々に捕らえられて
罰せられることになります。その場で彼は、自分の母親に言いたいことがある、近くにきてくださいと言います。彼は、近くに来た彼女の耳をかみちぎるという奇怪な行動をとりました。母親は息子のこの行動について叱りましたが、息子は、なぜ今になって私の間違った行動を指摘するのかと問います。これを聞いて母親は時を逸した自分の行動について後悔しました。このように、間違った行動について目をつぶってやるという対処は、相手に本当の喜びを与えることはできません。何が人を本当に喜ばせるのか、パウロが与える教訓を通して調べてみましょう。

말씀의 씨를 뿌리며
1. パウロはガラテヤ教会の聖徒たちがどのような行動をすることについて驚いていますか(6節)。
- パウロはガラテヤ教会の聖徒たちがキリストの恵みによって召されたのに、その方を捨ててほかの福音に移っていくことに驚いている。

2. ガラテヤ教会の聖徒たちが流されていった「ほかの福音」とは実際には何でしょうか(7節)。
- 「ほかの福音」とは実際には福音ではない。既存の福音を変質させたものである。
- パウロは「ほかの福音」などというものは存在しないと明確に語る。「福音」は英語で「good news」と翻訳される「祝福の知らせ」である。これはもともと救いを受けられなかった人々に対して救いの道が宣言されるという意味で「よい知らせ」であることによる。キリストの恵みによって召してくださった神様によるものではない「ほかの福音」というのは、神様のひとり子、キリストを通さないほかの道による救いのことで、パウロはそのようなものは存在しないと言っている。

3. 福音を変質させた者たちには、どんな結果が臨みますか。強力な警告にもかかわらず、福音を変質させる者たちがいるのはどうしてでしょう(8~10節)。
- 福音を変質させたものにはのろいがある。パウロは御使いでも福音を変質させればのろわれるべきだと言う。誰であってもほかの福音を伝える者はのろいをうけると強調して語られている。
-このような強力な警告にもかかわらず、ガラテヤ教会の聖徒たちは、もうほかの福音を聞いてしまっている。 このように福音を変質させる使徒たちが教会史の中に繰り返し現れる。これは神様に喜ばれるか、人に喜ばれるかを選択する過程(10節)で、人に取り入ったり喜ばれたりする方を求めてしまう人たちがいることによるものだ。

4. パウロは自分が伝えた福音が何によるものであると言っていますか。人を本当の意味で喜ばせようとするなら、聖徒はどのように行動するべきでしょう(11~12節、参照/Ⅰテサ 2:15、ロマ14:18)。
- パウロは自分が伝えた福音が、人間によるものではない、ただキリストの啓示によって受けたものであると言った (11~12節)。
ユダヤ教に精通していたパウロは、ユダヤ人たちが、自分自身や自分が属する集団、また目の前の権力者たちを喜ばせようとして、イエス様を始めとし、神様に遣わされた人々を殺し、結局神様を喜ばせることはできなかったこと、さらにはすべての人を敵とする結果を産んだと解釈している。パウロはキリストの啓示によってそのお方に完全に仕える者こそが神様を喜ばせる者なのであり、これによって人々にも喜ばれることになると語った。目の前に見える人を喜ばせようとして福音を歪曲するより、キリストの啓示に従って福音を完全に守ろうと努力することが、本当に人のためになる道である。

5人を本当に喜ばせることは、彼らの趣向にあうように福音を変えることではなく、福音を完全に守ることである。あなたは人々を喜ばせるよりも福音を守ることに努力していますか。

6. 私たちは、人を喜ばせることができるという世の間違ったメッセージを警戒し、キリストの啓示に従い、福音の本当の喜びを伝えるために生きなければなりません。このために何ができるか考え決断し、ともに分かち合いましょう。

삶의 열매를 거두며
初めにお話ししたイソップ寓話に出て来る母親は、息子に何が正しい行動なのかを教えないで、息子を、間違った世界から脱出できるように手助けをしませんでした。結局息子に必要だったのは正しい価値観でした。しかし母親は息子を気落ちさせまいとして、ほめることだけをして育てました。最終的にはそのことが後悔する結果をもたらしたのです。聖徒が世の価値観を追い求めるとこのような結果になります。瞬間的には世の与える教えが素晴らしいように見えても、その中には毒が隠れていることを忘れてはなりません。それで聖徒は正しい福音だけが本当の喜びを与えてくれるという事実を覚えなければなりません。そのような本当の喜びは、世が与えることのできないものです。正しい福音を完全に守って生きるとき、主が喜んでくださいます。また主の被造物としてのアイデンティティを完全に守ることができます。それによって真理のうちに住まうことができるようになるという事実を私たちは覚えておかなければなりません。

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