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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2022-02-21 2022年 2月 2週次 365qt 154
ヨシュア記 10:9~25
勝利のために注意するべきことは何か


마음의 문을 열며
シェイクスピアの作品『ヘンリー5世』の中にはフランスとイギリスの間にあったアジャンクールの戦いについて書かれています。当時フランスは、イギリスに比べて、2倍から5倍の多くの兵力を持っており、さらには中世の戦いで大きな破壊力を発揮する重装騎兵が主となっていたので勝利をほぼ確信していました。ところが騎兵たちは互いに自分こそが功労を残そうとして争って、指揮官の指示に従いませんでした。それで結局フランスは大敗してしまいました。指揮官の命令に従わない行軍は敗北に直結してしまいます。カナン征服を行っていたイスラエルにも同じような出来事が起こっています。信仰の戦いをする神様の民は何に注意しなければならないか調べてみましょう。


말씀의 씨를 뿌리며
1. イスラエルと敵対したエモリ人たちが敗北し逃げていく姿が特に繰り返し記されていますが、ここで繰り返されている表現は何でしょう。イスラエルの勝利の過程には、どのような助けがありましたか(10~11、 13a節)。
- 神様がイスラエルに敵対したエモリ人たちを敗退させたとき、特に「イスラエルの前で」彼らをかき乱し、「イスラエルの前から」逃げたと書かれている。
雹がイスラエルの敵に降り注ぎ彼らを打った。太陽と月はその場所にとどまり、敵たちに復讐する時間が十分に確保できた。

2. イスラエルの民が驚くべき勝利を彼らの目の前で経験し、それが記録され後の時代に伝えられた理由は何だと思いますか (13b、14、25節)。
- 神様は意図的にイスラエルの目の前で超常的な助けの手を伸べられ、それを記録させた。
- 神様が意図的に驚くべき勝利をイスラエルに与えられた理由は、カナンに入場したイスラエルの民に対して、彼らの戦いは神様が先立ち導いてくださった戦いであり、彼らが自分たちの能力で戦った戦いではないということをはっきりと知らせるためだった。神様はイスラエルが実際の事実を明確に悟り、神様のみこころに徹底的に従って戦うことを願われた。

3. 神様はイスラエルの民が神様のみこころに従って戦うことを願われました。イスラエルの民がそのみこころに従わない時、どのようなことが起こってくるでしょうか (参照/ヨシ7:13、9: 14~15、20)。
- イスラエルの民は、カナンに入ったあとにも、複数回の勝利を経験したが、その勝利の間には二度のスランぷを経験した。
- まずエリコの町の戦いに勝ったイスラエルの民が神様の命令に逆らって戦利品を勝手に処分したとき、彼らは次の戦いであるアイの町の戦いで大敗した(ヨシ 7:13)。その後、ヨシュアと族長たちが神様に聞かず、また勝手にギブオンの住民たちと和を講じ、誓った。民はそのことを知って神様の怒りが臨むかと恐れに陥る経験をした (ヨシ 9:14~15、20)。そして実際にこの盟約はイスラエルに大きな問題をもたらすことになった
4.今日の本文で触れられていたイスラエルとエモリ人たちの戦いについて、この戦いのきっかけはなんでしたか (参照/ ヨシ 10:4、6)。 神様は民が勝手に行動して起きた問題についてなぜ、ご自分が動いて解決してくださったのでしょうか。またこの戦いの主権はどこにあったでしょうか。
- イスラエルとエモリ人の連合軍の戦いは、ヨシュアと族長たちが勝手にギブオンと盟約を結んだ誓いのために起きた。イスラエルの自分勝手な行軍は彼らにまたほかの戦闘の危機をもたらした。
-  イスラエルの民は不従順を繰り返し、勝手な行動によって問題を引き起こしたが、真実なる神様はアイでの戦いで起きた問題をご自分から解決をしてくださった。民に、ご自分の命令に従って戦うように強調して教えられた。ギブオンとの戦いで起きた問題もまた神様ご自身が解決してくださり、民にこのすべての戦いは神様が主権を持って導いているということを知らせた。神様はこのことを通してご自分の民が戦いに臨むとき、日々神様のみこころを聞き、考えて、戦いをしなければならないということを悟る機会を繰り返して与えておられる。

5. 神様の民が勝利するためには、戦いを主導しておられる神様のみこころに従って行動しなければならない。あなたはこの地で自分に与えられた戦い前にするとき、自分で勝手に判断するより神様のみこころを求めていますか。


6. 私たちには欠けがありますが、それにもかかわらず 神様は私たちのために戦ってくださいます。自分のために戦われる神様の恵みを経験したことはありますか。それについて分かち合いましょう。また私たちが最後まで神様のみこころに従って戦うために注意すべきこと、決断すべきことは何でしょう。話してみましょう。

삶의 열매를 거두며
イスラエルの民がカナンに入り、多くの異邦人たちと戦わなければならない時や、弟子である私たちがこの地で様々な敵や状況のなかで戦わなければならない時、同じようにこの戦いで指揮を執る方は神様です。 神様のみこころに従うならば、私たちは戦いで次元の違う勝利を経験するに至ります。私たちは、一回、二回勝利を得たことでおごり高ぶって自分勝手になってしまうことがあります。それには注意しなければなりません。神様がくださった勝利の経験と証しがあれば、むしろもっと謙遜な気持ちで神様のみこころを求めなければなりません。まだ初めの勝利を味わっていないならば、神様が自ら導いてくださり、人生の戦いを戦ってくださることを切に求めながら弟子としての歩みを続けていきましょう。

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