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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2020-07-14 2020年 8月 4週次 365qt 104
コリント人への手紙第一 6:1~11
共同体の中の問題解決法

クリスチャンも共同体の中で、人間関係の困難を経験することがあります。どんな理由でこのようなことが発生したのかについて考えてみると、ほとんどは些細な問題から始まっていることが分かります。もう少し譲歩して配慮したなら困難な状況にまで至らずに済んだはずなのに、自分の立場と得になることだけを主張し、手の施しようもない状況に直面してしまったのです。このような問題はパウロが生きていた時代にもありました。自分の得になることだけを追い求め、主張しようとして、共同体全体の益に反する行動をするに至った時一体、このような問題を知恵深く解決するために聖徒としてどんな態度を持つべきか、本文を通してともに考えてみましょう。



1. パウロはコリント教会の聖徒たちのどんな行動を叱責しましたか( 1~2節)。

-  聖徒たちが争っている中、互いを「正しくない人たちに訴え出る」ことを叱責している。世の人達も、彼らなりに判断できる些細なことを、まっとうに判断できず告発する状況に対して語っている。

2. パウロはコリント教会の聖徒たちに対して、どのような姿について恥ずかしく思うべきだと話していますか(5~6節)。パウロがコリント教会の聖徒たちに向けて、「あなたがたがの中には、兄弟の間の争いを仲裁することのできるような賢い者がひとりもいないのですか」と聞いたのはなぜでしょう。
- パウロはコリント教会の聖徒たちが互いに兄弟間のことをさばける知恵のある者がいないことに対して恥ずかしく思わなければならないと言った。また、彼は兄弟が兄弟を信じない人たちの前で告訴する姿について指摘した。パウロがこのように指摘する理由は、コリント教会の聖徒たちを公開的にはずかしめるためだった。パウロはコリント教会の聖徒たちの中に知恵のあるものがいるなら、共同体の内部の問題について世の法廷に行く行為は、あってはならないと判断していたからである。

3.パウロは聖徒たちが互いに告訴することについて強く叱責します。パウロはなぜ聖徒たちが互いに告訴することについて「あなた方の敗北」と言い、明らかな過ちであるとしているのでしょうか(7~8節)。
- コリント教会の聖徒は、世の法廷に教会内部の争いを委ねてはいけなかった。なぜならこれは教会内の不義を明らかにすることになり、究極的に、福音を伝えるにおいては妨げとなることだったからだ。しかしコリント教会の聖徒たちは「神の子」という地位をきちんと保てず、クリスチャンとしての道徳的な問題を造り出し、正しい者として神の国の遺産を完全に受け継ぐことができなかったので、彼らはすでに過ちを持った者たちとなったのであった。
4. パウロはコリント教会の聖徒たちを「神の国を相続できない正しくない者」と「洗われ、聖なる者とされ、義と認められた者」に分けて比較しました(9~11節)。パウロが語る正しい人は、共同体の中の問題をどのように解決しますか。
-  パウロが語る正しい人は、キリストを通して罪の洗いを受けた者である(11節)。それと同時に、キリストのうちで「聖なる者」となった人である(参照/Ⅰコリ  1:2)。また、神と正しい関係を回復して「義と認められた」人である(参照/ロマ 5:18)。このような人は聖霊によって変えられたので、過去の生き方を捨てて、内住される聖霊にしたがって生きるようになる (参照/Ⅰコリ6:19)。この義なる人は神の契約共同体の中で起こる争いについての判断を、契約共同体の外にいる者にゆだねない。聖霊の足助を求めて共同体の中で、公正で知恵深く解決する。また、自分の罪をまず悔い改め、世の価値観と教えによって「惑わし」を受けないように努める。犯した罪を合理化する自己欺瞞に陥らず、まず聖さを回復して兄弟に仕えようとする姿勢を堅持する。

5. パウロは聖徒たちが共同体の中で発生した問題を共同体の中で解決することを勧めます。あなたはパウロの言葉のように、共同体の中で発生した問題を知恵深く解決するために日々努力していますか。
6.共同体の中で発生した問題を知恵深く解決するため、あなたが取るべき姿勢は何ですか。このためにどんな努力をすべきか互いに分かち合ってみましょう。

パウロは一部コリント教会の聖徒たちが共同体の中で発生した問題を世の法廷の訴訟で解決しようとする姿を責めます。事実パウロは聖徒たち自ら自分がキリストと聖霊にあって罪の洗いを受け、聖なる者、義なる存在となったという事実を悟ることを願いました。そして共同体の中で発生した問題を聖霊の導きに従って知恵深く解決するように助けることを願いました。このようにクリスチャンは共同体の中で発生した問題を世の方法で解決するより、神様がくださった知恵で解決するために最善を尽くさなければなりません。このため兄弟の傷、あやまちを愛によって覆い、神様にあって一つの家族であることを常に認知しなければなりません。今はイエス・キリストの愛のうちで兄弟を包み込むことのできる信仰が必要な時です。

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