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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2020-01-29 2020年 3月号 1週次 365qt 21

ヨハネの福音書 5:36~47
本当のクリスチャンの生活

インターネット検索窓に「私の人生は私のもの」という文章を打ってみると、映画、歌謡、キャンペーンなど多くのジャンルでこのテーマを扱った内容が出てきます。クリスチャンの中にもこの文句に何の問題も感じない人たちがいます。しかし本当にそうでしょうか。聖書は「生きるなら主のために行き、死ぬなら主のために死ななければならない」と言い、自分の人生が主にかかっているということを教えています。ならば主にとらえられた人生を生きる人の生き方はどうでなければならないでしょうか。今日の本文を通してどのように信仰生活をするのが本当のクリスチャンの生き方なのか、共に考えてみる時間を持ちましょう。

1.イエス様が多くのしるしを見せたのにもかかわらず、ユダヤ人たちはイエス様をメシヤとして信じませんでした。イエス様はユダヤ人たちのこのような態度をどのように評価されましたか(37~38節)。
- イエス様は神様がイエス様を証言されたが、ユダヤ人たちがその御声を聞くことができず、御姿も見ることができずにいるため、みことばがとどまらず、イエス様を神様が遣わしたメシヤとして信じることができないのだと言われた。
2.ユダヤ人たちが聖書を研究した理由は何でしょう。彼らが聖書を研究していたにもかかわらず、イエス様のもとに歩みを進められなかった理由は何でしょう(39~40節)。
- ユダヤ人たちが聖書を研究する理由は、その中に永遠のいのちがあると思うから研究するのである。しかし重要なことは、聖書がイエス様について証言しているという事実を信じないので、永遠のいのちをどのようにいただくのかについて、知ることができないでいるということなのだ。イエス様を信じれば、永遠のいのちを得るという信仰生活において、基礎的な原理を悟れずにいるので、イエス様のもとに歩み出ることをしない。

3.イエス様はユダヤ人たちがイエス様を信じない理由について何と言っていますか。イエス様が彼らの行為を指摘された理由は何ですか( 44節)。

- イエス様はユダヤ人たちが神様から来た栄光を求めないのではなく、互いに自らの栄誉を受けようとしているので、メシヤであるイエスを信じないのだと言っている。ユダヤ人たちが聖書を完全に見たと入っているものの、本当に父なる神様のみこころを正しく知ろうとする心はない。彼らは自分たちに得になる行為に対してだけ関心を持っているので、このような行いをするのだとイエス様に言われているのである。

4. イエス様はなぜ天の父に訴えようとしている者が、自分ではなくモーセであると言われたのでしょうか。律法を守っていると勘違いしていたユダヤ人たちに対して指摘したイエス様を見て、どう思いますか。
-ユダヤ人たちは自分たちがモーセの律法をしっかり守っていると考えていた。安息日も守っているし、きよめのきまりも守っていると思っていたが、実質的には聖書が語っている神様の御心とイエス様について正しく理解しているのではなかった。だから律法を記録したモーセにむしろ叱責されるだろうとイエス様は語っているのだが、このようなことばを、もし今日を生きる私たちが聞いたならどんな感じを受けるだろうか。正直な自分の感情を分かち合ってみよう。

5.聖書の内容が、イエス様を証言していることに気づけば、完全な信仰生活の骨格を得ることになります。あなたは聖書のみことばのうちにこめられている福音の奥義を伝えて、従順に従うところにおいて、最善をつくしているでしょうか。
6.みことばにこめられた奥義を正しく知って伝える者だけが、完全な信仰生活をすることができます。このことのためにどんな努力をするべきなのか、小グループのメンバーと一緒に分かち合う時間を持ちましょう。

イエス様は聖書が自分を完全に証言しているので、イエス様を信じる者は聖書を研究することが当然の事であると言われます。また各自自分の栄誉を求めるのではなく、神様から来る栄誉を求めて、神様を愛することが聖徒の本文であると言っておられます。ですから神様の御心を立てて、みことば中心にして生きることが神様の栄光を求めて、イエス様の弟子としてふさわしく生きることであると悟らなければなりません。神様のみことばを深く黙想する人は、神様が私たちに遣わしてくださったイエス様が救い主であることを知るようになります。そしてイエス様が行われる救いのわざを信じる信仰によってそれを受け入れるようになります。主が願われる完全な信仰生活のために、主のみことばに常に耳を傾ける、キリストの弟子として生きていきましょう。

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