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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2019-08-29 2019年 11月号 2週次 365qt 64

ヨハネの黙示録 2:8~11
死に至るまで忠実でありなさい


「十字架がなければ冠もない」という言葉があります。これは冠を得るためには、十字架の苦しみと苦痛が必然的だという意味です。しかし相変わらず多くのクリスチャンは祝福は願うけれども苦しみは嫌だと思っています。しかし、完全な恵みをいただくためには苦しみに対する理解が必ず必要です。今日の本文を通してともに分かち合う、スミルナの教会は、イエス様のために苦しみを受ける覚悟で信仰生活をしました。スミルナ教会の聖徒たちが見せた行いに従って、私たち一人一人に与えられる苦難をどのように知恵深く克服できるか、共に調べてみましょう。

1. スミルナ教会の御使いに送った手紙に描写されているイエス様はどのようなお方でしょうか(8節)。
-スミルナ教会に送った手紙には、イエス・キリストご自身を、「初めであり、終わりである方、死んで、また生きた方」と描写されている。
2.イエス様はユダヤ人たちにひどく迫害を受けているスミルナ教会に対し、どのような称賛をしておられますか(9節)。
-イエス様はスミルナ教会の聖徒たちが患難と窮乏によって困難を受けているが、霊的には富んでいると称賛してくださった。
3.イエス様はスミルナ教会が患難と窮乏を耐えて、霊的に富んだ生活をしていると言ってほめておられます。イエス様が語られた「富む者」は何を意味しますか(参照/ヤコ 2:5)。
-スミルナ教会はユダヤ人たちが経済的圧力をかけたことにより、窮乏していた。また中傷とたくらみによって投獄され、殺された者もいた。このような迫害に悩まされ苦しめられている聖徒たちに向かってイエス様は「富んでいる」と言われた。スミルナ教会の霊的な豊かさは、物質的窮乏をはるかに超えて余りあるほどであった。スミルナ教会は、現在は患難と窮乏の中に生きているが、彼らは主が約束された国を相続として受け継ぐようになるので、永遠の意味においては豊かなのである(参考 ヤコ 2:5)。

4.患難のなかにいるスミルナ教会が、苦難に勝利する方法と患難に打ち勝って受け取るようになる祝福の約束は何でしょうか(10~11節、参照/Ⅱテモ 4:7~8)。
- イエス様はスミルナ教会が、世にある短い期間継続して受ける苦難を耐え、死に至るまで忠実であるようにと言われた。死に至るまで忠実な者たちはいのちの冠を受けるようになり、第二の死によってそれが損なわれることはないという約束をくださった。いのちの冠は、永遠のいのちを意味するもので、神様が神様を愛する者たちに約束される勝利の栄冠である (参照/Ⅱテモ 4:7-8)。
スミルナ教会はイエス様に対する忠実さでいのちの冠を約束された。あなたは苦難を前にしてもイエス様を全的に信頼し、忠実なしもべとして世と妥協しないでいる自信がありますか。
6.クリスチャンはどのような試みにあっても、主だけを拠り頼むことができなければなりません。自分の前に置かれている苦難に打ち勝ち、最後まで忠実であるために、あなたが変えなければならない姿があるとすれば何でしょう。分かち合ってみましょう。

スミルナ教会はフィラデルフィア教会とともにイエス様からほめられるという栄光にあずかりました。彼らが称賛された理由は、患難と窮乏の中にあっても、信仰の貞節を堅く守っていたからです。このように世の苦難と逆境の前でも、神様が約束された契約を信頼する者は、神様がくださるいのちの冠を完全に所有する者となります。いつの時代であっても、苦難は常にあります。しかし、苦難への対処方法は個人によって違います。スミルナ教会のようにイエス様にほめられる者となろうとするなら、初めであり終わりであり、死んでまたよみがえられた方であるイエス様を完全に拠り頼み、主に忠実にならなければなりません。苦難と患難を前にしても臆することなく、信仰によって戦うイエス様の完全な弟子になることができますように。

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