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小グループのガイド

月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。


日付 題目 お名前 投稿数
2019-02-01 2019年 1月号 1週次 365qt 11
エペソ人への手紙2:11~22

胸がおどりますか

誰かに「今もイエス様の名前を聞いただけで胸がおどりますか」と質問したら、十人十色の反応が返ってくることと思います。ともすると信仰生活の長い人であればあるほどこの質問に負担を覚えるかもしれません。もしあなたがこの質問を前にして「はい!」と答えられないならば、自分の姿を顧みて、根本にある原因が何かを探ってみなければなりません。そして主が与えられた恵みと愛が何であるかを再確認し、信仰生活のマンネリから脱して、自分がどのような存在であるのかを知る作業が必要です。今日のみことばを通して、イエス様が与えられた恵みが何であるか、私たちが主にあってどのような存在であるのかをもう一度確認する時間を持ちましょう。

1. パウロは、イエス様が人のかたちをとって地上に来られる前には、エペソと小アジア地域の聖徒たちがどのような存在であったと言っていますか(11~12節)。

-パウロは聖徒たちに向かって、肉においては異邦人、割礼を持つ人たちからは無割礼の人々と呼ばれる者たちであったと説明している。彼らはキリストの外におり、イスラエルの国の外にいる者たちであり、約束の契約については他国人、この世にあっては望みもなく神もない人たちだった。

2.パウロは聖徒たちにイエス様の血によってどのような結果になったと説明していますか(14~18節)。
-まず、私たちの平和となられ、ユダヤ人と異邦人の間の隔ての壁を打ちこわされた。二つ目、十字架によって、神様と和解をさせてくださった。三つ目、父なる神に近づくことができるようにしてくださった。

3. パウロは聖徒たちにイエス様が人となって来られた後に起きた身分の変化について、あるイメージをもって説明しています。ここにこめられた意味は何でしょう( 19~22節)。
-第一に、他国人ではないと説明されている。他国人でないということは、キリストに従う人になったという意味である。
-第二に、寄留者ではなく、国民になったと説明されている。これは方向性なく去って行く人ではなく神の国に住む居留民であり、国民として神様から保護される囲いの中に住む権限があるという意味だ。ユダヤ人と異邦人という血統による居住区分がなくなり、神様が下さった市民権を受けた者として皆が平等であるという意味だ。
-三つ目、神様の家族になったと説明されている。これは家族の構成員になったことを表す言葉である。同じ親を持って生きる血族となったことを意味している。
-四つ目、使徒たちと預言者たちの土台の上に建てられた者だと説明されている。このことは使徒たちと預言者たちこそが、福音の宣言に先立つ者たちであるが、このような使命を同時に与えられた者たちであるということが表されている言葉である。

4.パウロは聖徒たちに起きた変化を基盤として彼らがどのような姿にならなければならないと勧めていますか。その理由は何ですか(21~22節)。

- 神殿、神様が住まわれる聖なる住まいとならなければならないと説明している。
- 神殿の機能としては神様に礼拝をささげる場所として、聖く、傷のない場所にならなければならないことを意味している。
- パウロが聖徒に神様が住まわれる宮、神殿にならなければならないと説明した理由は変えられた身分にふさわしく生きるためには何よりも神様との関係が正しく設定されていなければならないことを意味するものだ。日々神様に栄光の礼拝をささげ、神様を完全にお迎えできる人になることが救いの恵みを値なしに受けた者として当然の、生きるべき姿であることが分かる。

5.私たちは変えられた身分にふさわしく感謝しつつ生きるために、神様が臨在される宮としての役割を完全に果たさなければならない。今あなたは神様が臨在されるにふさわしい聖なる宮の役割をしっかり果たせているでしょうか。
6.私たちが聖なる宮の機能を果たすためには、瞬間ごとに救いの感激を覚えて生きなければなりません。神様が与えられる救いの恵みに感謝し一瞬もマンネリに陥った信仰生活とならないためにどのようにしたらいいのか、考えてみましょう。


イエス様は契約の外にあった他国人であり、世にあって望みもなかった私たちのために、十字架について死なれました。これによって神様と敵対していた関係が消滅しました。永遠に死ぬしかなかった私たち、資格もない私たちのために、ご自分のいのちを差し出してくださったイエス様のゆえに、私たちに神様の子となる道が開かれたのです。このように、言葉では言い尽くせない恵みを受けた私たちの姿はどうでしょうか。神様が住まわれる御住まいとなるために努力し、主にあって救いの喜びをしっかりと味わっているでしょうか。もしある瞬間から、マンネリ化した信仰生活を送っているなら、主の前にひざをかがめて悔い改め、救いの感激と喜びを回復する恵みの時間が、まさに今この時であることを覚えましょう。

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