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月刊QT誌(日ごとに湧く泉)の 小グループ聖書勉強のテキストとガイドが見られます。
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2018-12-05 |
2018年 12月号 3週次 |
365qt |
923 |
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テサロニケ人への手紙第一 4:1~8 聖なる歩みを渇望する
世は人間の性に対し、偽りと悪い考えをもって私たちを惑わしています。その第一は、神様のみこころを離れた姿がもっと魅力的で、私たちを満足させるものだと思わせることです。第二には、偽りの考えに陥らせ、聖い生活を放棄させることです。しかし、イエス・キリストにあって、新しいいのちを得た人たちは神様の力を信頼しサタンの攻撃と偽りの言葉から脱し常に聖い衣を着て、キリストに似せられて行くために、努力しなければならない。今日の本文を通してどのように不品行の誘惑から離れ、聖さによって武装することができるかともに考えてみましょう。
1.パウロがテサロニケ教会の聖徒たちに教えた聖さについての神様のみこころは何でしたか(3~6節)。 - パウロは本文を通して聖さに対する神様のみこころを思い起こさせた。つまり不品行を避け、それぞれ自分のからだを聖く尊く保つことだ。神様を知らない異邦人のように情欲におぼれず、このことにおいてわきまえを持ち、兄弟を踏みつけにしないようにせよということだった。 2.パウロは神様が私たちを召された目的が何であったと言いましたか。また神様のみこころを退ける者たちの行いについてどのように説明していますか(7~8節)。 -聖潔を得させ、汚れから離れさせる神様と、その聖い歩みのために聖霊を下さった神様 を拒むことだと説明している。 3.パウロは性的聖さを守ることと合わせて、何について戒めを与えていますか(6節)。 パウロがこの行為について戒めを与えた理由は何ですか。 -兄弟を踏みつけないようにと言った。 - 自分のからだを、聖く尊く保たないことや、不品行やみだらな情欲に従うことは、自分の隣人を破壊する行為である。単純に自分自身だけがこの性的な罪によって害を受けるだけにとどまらず、性的な罪と不品行は自分の配偶者、または未来の配偶者、また自分の隣人の娘、弟や妹、母、また妻を害することになるからである。
4.パウロが聖さを傷つけることは、人だけでなく聖霊をお与えになる神を拒むことだと言ったのはなぜか(8節)。 ―聖霊なる神様はご自分の民を聖くし、その聖さによって罪に打ち勝てる力と恵みを与えられる方である。だから聖さを傷つけることは、人の道徳的、倫理的行為を拒むことになるのはモもちろん、神様の本質的な品性を毀損する行為であると考えられるので、パウロはこのことに対し、神様のみこころを拒む行為であると説明したのである。
5.神様は聖く生きるためにもっと力を尽くして努力するようにと語られました。では、あなたはみだらな情欲を捨て、聖さを守るためにどのような努力をしていますか。
6.聖さは、神様にも私たちにも喜びを増し加えさせるものです。そして私たちの召しをもっと輝かせるものです。世の誘惑から身を避け、聖さを守るために何を決断すべきか互いに分かち合ってみましょう。
世は、「性的罪が他の人を踏みつけにし、害することはないから、大した問題ではない」、「いつでもこのような罪は断ち切ることができる」といった誤った考えによって聖徒を惑わしています。これに惑わされた聖徒たちは「誘惑からは到底抜け出られない」というあきらめと「どうしようもなかったんだ」という正当化の中に聖さを不可能な領域のものと決めつけてしまいます。不品行だけではなく私たちの生活で、聖さの維持をあきらめたり捨てたりする姿は、その対象を変えながら様々な形で表れてきます。しかしクリスチャンは神様が聖なる身分を持つ者として立てられた者たちです。聖霊様が与えてくださる聖さに対する渇望は、クリスチャンであればだれでも持つべきであり、守るべき特権であるのです。常に神様のみこころを覚え、自分に与えられた特権である聖さを大事に考える主の子となっていけますように。
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目録
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